2026年2月8日に第51回衆議院議員総選挙が行われます。選挙が近づくと、新聞、雑誌、テレビ、ネットニュース、SNSなど、さまざまな場所で政治の情報が一気にあふれ始めます。しかし、その情報の量が増えれば増えるほど、「どれが正しい情報なのか」「何を信じればいいのか」が分からなくなっている人も多いのではないでしょうか。
特に近年は、AI技術の発達によって、映像や音声までもが簡単に加工できるようになりました。一見すると本物にしか見えないフェイク動画や、本人が話しているかのような偽の音声が出回る時代です。すべての情報の真偽を、個人が完璧に見抜くことは、もはや不可能に近いと言えます。
街頭演説やSNSを見ていると、政党や団体同士が罵り合い、「自分たちが正しい」「相手は間違っている」と声を荒らげる場面も少なくありません。しかし、そうした対立的な言動を見て、社会課題が本当に解決に近づいていると感じる人は、どれほどいるでしょうか。多くの人が、「これでは何も変わらない」と感じているはずです。
当事者にとっては、強い言葉をぶつけることでストレス発散になるのかもしれません。しかし、周囲の人にとっては、ただの騒音であり、迷惑でしかないこともあります。本来向き合うべき議論が、感情のぶつけ合い にすり替わってしまっている現状 は、決して健全とは言えません。
そもそも、私たちは「なぜ選挙をするのか」を改めて考える必要があります。もし国の運営がうまくいっているのであれば、現政権に任せ続けるという選択も、当然あり得ます。しかし、時代は常に変化しています。国際情勢、経済構造、人口構成、技術革新など、外部環境が大きく変わる中で、日本には数多くの問題が積み重なっています。
その一つ一つの課題を整理し、解決に向けて方向性を示し、実行していくこと。それが政治の役割であり、その責任者を選ぶ行為が選挙であるはずです。
だからこそ私たちは、今の日本がどんな社会課題を抱えているのかを、冷静に見つめなければなりません。楽観的になりすぎても、悲観的になりすぎても、現実を見誤ってしまいます。現実を正しく捉えなければ、正しい政策を選ぶことも、実行することもできません。
「日本の課題2026」のページでは、各省庁が公開している資料をもとに、現在の日本が抱える課題を整理しています。もちろん、そこに書かれている内容がすべてではありません。もっと重要な課題があるかもしれませんし、中間指標(KPI)や最終目標(KGI)の設定を見直した方がよい部分もあるでしょう。それでも、現状を客観的に把握しようとする一つの材料にはなるはずです。
社会課題を見るときには、「自分の生活」という一人称の視点と、「日本という国全体」を俯瞰する視点の両方が必要です。どちらか一方だけでは、問題の本質を見失ってしまいます。
さらに重要なのは、「どんな社会課題があり、それがどうなったら解決したと言えるのか」を、国民全体である程度共有することです。ゴールが曖昧なままでは、どれだけ政策を実行しても、「何が変わったのか分からない」状態が続いてしまいます。
今回の衆議院選挙における各党の公約も公開しましたが、当サイトでは特定の政党や政策の評価は行いません。それは、最終的に判断すべきなのは、有権者一人ひとりだからです。ただし、全体を見渡したとき、社会課題を的確に捉え、その課題が解消された状態まで具体的に描けている政党は、残念ながら見当たりませんでした。
多くの公約は、「求められる施策」を並べているに過ぎません。前回の選挙でも、同じ傾向が見られました。日本の政治や選挙が、「政策のカタログ」になってしまっていること自体が、根本的な問題なのかもしれません。
本来は、
・現状分析(Facts)
・求められる施策(Measures)
・問題解消に伴う痛み(Pain)
・問題が解消された状態(Outcome)
・中間指標(KPI)
・最終目標(KGI)
といった形で、社会課題を体系的に捉える必要があります。そして、「なぜこの政策を行うのか」「それによって、どの課題がどう解決されるのか」を、はっきりと示す政治が求められています。
最後に:選挙を「選ぶ場」にするために
選挙は、誰かを応援するイベントでも、怒りをぶつける場でもありません。社会課題をどう解決していくのか、その道筋を比較し、選び取るための場です。
完璧な答えを持つ政党や政治家はいないかもしれません。それでも、「課題をどう捉え、どこをゴールと考えているのか」を見極めることはできます。
情報に振り回されるのではなく、問いを持つこと。「この政策は、どんな課題を、どこまで解決しようとしているのか」と自分に問い続けること。
それこそが、この難しい時代において、私たち一人ひとりができる、最も現実的で、最も大切な選挙への向き合い方なのではないでしょうか。