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「令和の赤旗法」から考える、規制と政治とイノベーション

公開:2026/9/9

「日本はまた出遅れるのではないか」――自動運転タクシーやライドシェアの海外ニュースを見るたびに、そんな不安を覚える方も多いのではないでしょうか。

一方で、こうした議論は「規制は悪、自由は善」という単純な二項対立に陥りがちです。安全性への配慮や、既存産業で働く人々の生活を守ろうとする姿勢そのものは、決して間違っているわけではありません。

このコラムでは、150年以上前のイギリスで実際に起きた「赤旗法」という出来事を手がかりに、規制と政治とイノベーションの関係を改めて考えてみたいと思います。

目次

海外との「移動の格差」に感じる違和感

サンフランシスコの街を無人のロボタクシーが走り抜け、北京郊外では自動運転バスが定時運行を始めています。そんなニュースを見るたびに、私たちはどこか置いていかれるような感覚を覚えます。

もちろん、日本が完全に立ち止まっているわけではありません。2024年4月には「日本版ライドシェア」(自家用車活用事業)が部分的に解禁され、東京23区や横浜、名古屋、京都などから始まって全国の主要都市に広がりました。自動運転についても、福井県永平寺町ではレベル4の低速カートがすでに公道を走っており、2024年には民間初のレベル4シャトルバスの運行許可も出ています。ゼロではありません。前には進んでいます。

しかし、その中身を見ると「タクシー会社の管理下」「地域と時間帯を限定」「実証実験」という条件がびっしりと付いています。骨格はできているのに、関節のあちこちに添え木が当てられていて、思うように動けない――そんな印象を受けるのは私だけではないはずです。

私たちが本当に守りたいのは、既存の業界や仕組みなのでしょうか。それとも、誰もが便利で安全に移動できる社会そのものなのでしょうか。この問いを頭の片隅に置きながら、150年以上前のイギリスで起きた、よく似た事例を振り返ってみたいと思います。

技術の進歩を阻んだイギリスの「赤旗法」

19世紀後半、自動車という新しい乗り物を世界で最初に生み出したのは、イギリスでした。しかし1865年、イギリス議会は「ロコモティブ法」、通称「赤旗法」を制定します。自動車の速度を時速数キロに制限し、車の60ヤード前方を赤い旗(夜は赤いランタン)を持った人が歩いて先導しなければならない、というルールです。

表向きの理由は「安全対策」でした。しかし実際には、馬車業者たちの既得権益を守り、街を歩く馬が自動車に驚かないようにするための、いわば「業界保護法」としての性格が色濃かったと言われています。

この法律は1896年に廃止され、その日にロンドンからブライトンまで自動車で走る「エマンシペーション・ラン」が行われました。このイベントは今も「ロンドン・ブライトン・ヴェテランカーラン」として毎年開催されています。そして廃止後まもなく、自動車産業の主導権はフォードのアメリカや、ベンツ・ダイムラーのドイツへと移っていきました。

――もっとも、これは少し注意して語る必要がある通説でもあります。実際にはダイムラーとベンツは赤旗法廃止(1896年)よりも10年も前の1886年に、すでに実用的な自動車を発明していました。イギリスの出遅れを赤旗法だけのせいにするのは単純化しすぎであり、当時の保守的な産業文化や資本市場の違いなど、複合的な要因があったというのが歴史学的には妥当な見方です。とはいえ、「安全」や「既存業者の保護」を掲げた規制が、結果として技術の萌芽を摘み取ってしまった象徴的な事例であることに変わりはありません。だからこそ160年近く経った今も、この法律は規制とイノベーションを語るときの定番の比喩として使われ続けているのです。

馬車から自動車へのシフトと、現代の平行移動

人類は常に「より速く、安全で、快適な移動手段」へと乗り物を乗り換えてきました。馬車から自動車へ、蒸気船から航空機へ。今、馬車で通勤している人はいません。それは規制で禁止されたからではなく、単純に自動車の方が便利だったからです。技術の不可逆な波を、既存のルールで完全に堰き止めることはできません。

興味深いのは、日本自身がかつては変化を恐れない国だったという事実です。明治維新の日本は、鉄道も郵便制度も西洋式の法体系も、猛烈なスピードで輸入し、社会に実装していきました。「日本人はイノベーションに保守的だ」という言説は、少なくとも歴史的には正しくありません。

だとすれば、今の日本が自動運転やライドシェアに対して見せている慎重さ、「条件付き解禁」「実証実験」という名の小出しの対応は、本来の国民性というより、既存の利害関係と制度疲労が生み出した「令和の赤旗法」なのではないでしょうか。守っているのは安全というより、変化を先送りにするための時間稼ぎになっていないか――そう問い直してみる価値はあると思います。

米中との決定的な差――「許可」と「適応」の思考プロセス

日本と米中の差は、単に「規制が多いか少ないか」ではなく、規制の設計思想そのものにあります。

日本:事前許可・減点主義

日本の仕組みは、事故やトラブルのリスクを限りなくゼロに近づけてから初めて社会実装を認める「事前許可・減点主義」です。しかもその許可は全国一律の制度として運用されるため、一つの失敗が全体の足を止めやすくなっています。

米中:事後規制・加点主義

アメリカは連邦制という構造を生かし、州ごとにまったく異なる規制姿勢を取っています。カリフォルニア州は慎重ですが、テキサス州やアリゾナ州は自動運転に対して極めて寛容で、企業はより緩やかな州を選んで実験を重ね、そこで得たデータを他州展開に生かしています。「規制がない」のではなく、「地域ごとに実験できる余地がある」ということです。

中国はさらに異なります。政府が武漢や北京経済技術開発区といった特定エリアを「実証区域」として指定し、国家主導でトップダウンに規制を薄くして企業を呼び込み、猛烈なスピードでデータと知見を蓄積させています。放任というより、戦略的に規制を緩めて一気に囲い込む「加速のための規制設計」と言った方が正確でしょう。

つまり、米中に共通しているのは「まず走らせて、データを見ながらルールを最適化していく」という事後規制・加点主義の発想であり、それを実現する仕組み(分権による実験、あるいは国家主導の特区)を持っているという点です。日本にはこの「走りながら考える」余地を作る制度設計そのものが乏しいと言わざるを得ません。

政治が果たすべき本当の役割

もちろん、タクシー業界の保護や安全性への慎重な議論には、それ自体に正当な理由があります。地方における交通インフラとしての雇用、事故が起きたときの責任の所在、乗客の安全は軽視していい問題では決してありません。既存の仕組みを守ろうとする声を、単なる既得権益の抵抗として切り捨てるのは乱暴です。

しかし、その正当な懸念を「変化そのものを止める理由」にすり替えてしまってはいないか、という点は問い直す必要があります。安全性の検証と、実装のスピードを上げることは本来両立しうるはずです。米中の事例が示しているのは、慎重さを捨てろということではなく、慎重さを保ちながら試行錯誤できる制度をどう設計するか、という知恵の差だと言えるでしょう。

政治の本当の役割は、過去の仕組みや既存の利害関係者を守り続けることではありません。変化に対応できる柔軟な社会構造をつくり、既存産業から新しい産業への移行を支援すること――それこそが政治の仕事のはずです。

「過去の最適」に縛られ続ければ、日本は形を変えた赤旗法によって、また一つ時代の波に取り残されてしまいます。守るべきは、既存のルールでも、既存の業界でもありません。私たちの、そして次の世代の「未来の豊かさ」です。

おわりに

赤旗法という160年前の出来事は、単なる歴史上の失敗談ではなく、私たちが今まさに直面している問いを映し出す鏡のようなものだと感じます。「守るべきものは何か」という問いに、簡単な正解はありません。しかし、既存の仕組みを守ることと、未来の便利さや安全を手に入れることは、本来対立するものではなく、制度設計次第で両立できるはずです。

日本が次の「赤旗法の国」にならないために必要なのは、規制を撤廃する勇気だけでなく、慎重さと挑戦を両立させる知恵です。この問いを、政治家や規制当局だけでなく、私たち一人ひとりが「自分ごと」として考え続けることこそが、未来の豊かさを手放さないための第一歩になるのではないでしょうか。

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